私のお姉さん
突然ですが、私にはとっても強いお兄ちゃんが居ます。  誰にも負けない、強い人だけど、真面目で優しい人でもあります。  私は大好きです。  そんなお兄ちゃんに、最近恋人が出来ました――……      話を聞いたのは数ヶ月前。  私は最初びっくりしました。  失礼だけど、「あのお兄ちゃんが?」という気持ちです。  だってお兄ちゃんって空手にしか興味無さそうだったんだもの。  朴訥なお兄ちゃんのハートを奪ったのは、色白で髪の毛を茶髪に染めた今風の女子高生っぽいお姉さん。  でもどこか品があるようにも感じます。  このお姉さんには一回だけ私も会った事があります。  伊豆で両親が営んでる民宿に、お姉さんとそのお友達が泊まりにきた時です。  あの時、お姉さんは悪い人に襲われてお兄ちゃんが助けたらしいです。  私はその様子を聞いただけだったけど、とても素敵だなあと思いました。  その後二人は恋人同士になって、海外に武者修行に行ってる間も連絡し合ったり仲睦まじく付き合ってるようです。  そして今日。  久しぶりに帰国したお兄ちゃんが、なんとその人を連れて実家に帰ってきたのです。  私は「もしかして婚約のご挨拶とか?」と思ったけど、そこまで進んだことをするために帰ってきたのではなく、 ただ単に伊豆に遊びに来たらしいです。  それでも私の家、つまりお兄ちゃんの家でもあるここに来た時は、菓子折りを差し出して丁寧な挨拶を両親にしていました。  私の両親のほうが逆に緊張してしまってあたふたするくらい、お姉さんは元気にはきはきと話します。  私はまだあまりわからないけど、東京のすごく大きな財閥のお嬢様だそうで、そのおかげかもしれません。    挨拶を終えてからは、お兄ちゃんと一緒に海に行きました。  私はお母さんと一緒に夕飯のご馳走作りです。  そして数時間後、帰ってきたお兄ちゃん達と家族で海の幸をふんだんに使った料理を食べました。  お姉さんはおいしいおいしいと何度も言ってぱくぱくと食べてくれました。  お嬢様でも一杯食べるんだと、意外に思ったけど嬉しかったです。  夕飯を食べた後はお兄ちゃんだけ「体が鈍るから」とランニングに行ってしまいました。  どこまでも空手一筋な人です。  残されたお姉さんは私に話しかけてきました。  「中学何年生?」とか「お兄さんは優しい?」とか「伊豆に住んでるなんて羨ましい」とか。  私は最初ちょっと緊張したけど、答えていくうちに段々ほぐれていきました。  お姉さんはとても気さくな人だとわかったからです。  質問に答えるだけじゃなくて、私も色々聞くことにしました。  東京の有名なお菓子とか、渋谷や銀座にある服のお店のこととか。  東京の高校に在学しているのに、流行に全く興味の無いためお兄ちゃんが私に教えることが出来ないようなことをたくさん聞きました。  やっぱり都会には憧れてしまいます。  ブランドで身を包むとかそういう夢があるわけじゃないけれど、流行の最先端を見てみたい好奇心は否定できません。  そんな私の気持ちを察したのか、お姉さんは 「じゃあ、今度東京に遊びに来る? 私が色々案内してあげるわよ」  と誘ってくれました。  家に泊まりに来ても良いとまで言ってもらえました。  私は迷わず「はい!」と返事をしました。  それから、お兄ちゃんが帰って来るまでその東京観光の予定を二人で色々組み立てました。  あと、お姉さんが持ってきていたブランド物のボストンバッグから更にブランドのポーチが出てきたりしてそれを見せてもらったり。  でもそれは何故か嫌味には見えなくて、不思議でした。  話を弾ませていると、お兄ちゃんが帰ってきました。  ちゃぶ台に肘を突いてケータイをかざし、赤外線でメルアド交換をしている私達を見て目を丸くします。   「……何だか、とても仲良くなったようですね」 「ええ! 夏美ちゃんって真さんと似てとっても可愛いんだもの。今度東京に遊びに来ないって誘っちゃった」 「東京にですか?」 「うん! 園子お姉さんが案内してくれるんだって!」 「ご迷惑ではないですか?」 「全然よ。私妹欲しかったし、大歓迎! だから今こうやってメルアド交換して今後の予定を立てているの」 「……そうですか」  お兄ちゃんはそのまま「ご迷惑にならないようにするんだよ」と私に言って、すぐに自室に行ってしまいました。  一緒にお茶でも、と思ってたお姉さんは少し怪訝そうな顔を見せます。  いつも一緒にいられないので、その分二人でいられる時間を大切にしているのかもしれません。  だから、そそくさと引っ込んでしまったことに不安があったのでしょう。 「何か真さん機嫌悪くなかった? 私何かしたかな……」 「いいえ、大丈夫ですよ。兄は単にいじけてるだけですから」 「いじける? 真さんが?」 「はい。兄はああ見えて案外子供っぽいところあるんです」 「??」  疑問符を頭にいっぱいつけて首をかしげるお姉さんに、私はくすりと笑いました。  私には、何故お兄ちゃんが複雑そうな顔ですぐ引っ込んだかが直感的にわかります。    きっと、恋人の隣を取られて拗ねたのです。  ランニングから帰ったら、一緒にまた散歩でもしようとか考えていたのかもしれません。   でもお姉さんは現在私と仲良く観光プランを考え中で。  そこに割って入るほどお兄ちゃんはいわゆるKYではないです。  かと言って割り切れるほど大人でもなくて。  お兄ちゃんは昔から、願望と我慢の葛藤になると黙ってしまう癖がありました。  先ほどの複雑な顔が良い例です。  せっかくの休日なのに悪いことしたかなと罪悪感がちょっと出てきます。  でも私ももう少しお姉さんと遊びたいから、折衷案を出すことにしました。 「この予定が組み終わったら、花火をしませんか? 多分、兄もそこで誘えばいつもどおりに戻ると思います」 「え、そうなの? やるやる! 」  数十分後、近くの海岸に私達はいました。  満天の星空の元、光の飛沫を上げる花火を手に三人で笑い合います。   私の予想通り、お兄ちゃんの機嫌も良くなっていました。  ぱっと見はいつもの朴訥な表情ですが、どこか雰囲気が柔らかいのです。  お姉さんもそれがわかってて内心安堵しているようでした。  ネズミ花火が足元でくるくる回り焦る二人は、それでも幸せそうです。  そんな二人を見て、私も嬉しくなりました。  その嬉しさを満喫するかのように一杯空気を吸い込んで、夜空を見上げます。  一瞬、視界を横切ったのは一筋の流れ星。  即座に願うは唯一つ。  ”早くお姉さんが本当のお姉さんになって、皆でずっと笑い合えますように”  東京観光もすごく楽しみだけど、そっちのほうがもっと楽しみなのです。   ――私にはとっても強いお兄ちゃんが居ます。   誰にも負けない、強い人だけど、真面目で優しい人でもあります。   私は大好きです。   そんなお兄ちゃんに、最近恋人が出来ました。   その恋人は、私にとってもすごく素敵なお姉さんでもありました。