「私はね、ずっと笑っていなくちゃいけないの」 そう言って彼女は震える瞳を彼に向け、また笑った。 「私のために、ずっとずっと」 崩れ落ちそうな微笑の下で、握り締められた手が真っ白になっている。 一方、正面のテーブルを挟んでソファに腰を下ろしたまま、平次は少しだけ驚いた顔をしたが、視線は逸らさなかった。 彼女の感情を全て受け止めようとしているかのように。 「……良い子にしてないと、私は……一人の、ままだから・……っ」 蘭は涙を見せまいと、俯いた。 肩を震わせ、強く両手を握り締め、それでも強くあろうとした。 その姿に平次は、思わず手を差し伸べかける。 が、膝から手を離したところで止まってしまう。 自分が、このようなことをしていいのだろうかと。 脳裏によぎった疑問は彼の感情に蓋をする。 彼女は、自分の親友の想い人だ。 何年も積み重ねてきた想いを何年も彼女にささげ続けている。 その身が小さくなろうとも、その想いが変わることはない。 彼女も同じ想いのはずだ。 しかし、親友とは違い彼女は今の事情を知らない。 そんな状態のまま同じ思いを抱き続けることはどれだけの強い意志が必要だったのだろうか。 だから彼女は、聖女であろうとした。 普通の女の子に、厚い厚いベールをまとって。 平次は今まで気付いていて知らない振りをしていた事実に、眼を向けてしまった。 「…ごめんね、変なこと言って」 彼の葛藤には気付かず、鼻をすすりながら蘭が顔を上げた。 そしてまた笑う。 「気を遣わせちゃうけど、お願い。今のことは忘れ――」 ぱしん。 そのとき、涙をぬぐおうとした蘭の右手は、平次の存外力の入った手によって掴まれた。 テーブルを挟んで身を乗り出した彼は、彼女の手を掴んだまま言う。 「……忘れへん」 「え」 「その気持ち、絶対忘れへん。それがホンマのあんたの姿なんやから」 瞬く間に、彼女の目に涙が溢れ、ぼろぼろとこぼれ始めた。 先ほどのような抑える涙ではない。 嗚咽も混じる、今までの感情を吐き出すような大粒の水滴が後から後から出てきて止まらなかった。 「あんたに、もうええやろとか、ようやったなとか、そんなこと俺には言う権利は無いと思う。……でも、そやからこそ俺にくらい無理した姿見せんでも大丈夫なんとちゃうか」 しゃくりを上げながら蘭は頷いた。 掴まれた手をそのままにして、何度も頷く。 二人を繋ぐのは、その手だけ。 「そんなこと言う権利は無い」平次は、それが自分が出来る最大限のぬくもりなのだと身をもって感じた。 事務所の窓を曇らせる雪は、まだまだ続きそうだった。