試合後、「少し待ってて」と言われたので、平次は校庭をうろうろしていた。 休日なので広い校庭には彼しかいない。 まだ蕾になるか否かの桜の木を眺めながら、校庭をゆっくりと回る。 そして、本当に少し経ってから蘭が大きなスポーツバッグを持ってやってきた。 既に胴着から制服に着替え終えており、走り寄って来て、息を吐いた。 「ごめんね、待たせちゃって」 「いや、それはええねんけど。他の奴ら置いてきてええんか」 「うん。もう終わったし。明日も大阪で試合だからこのまま近くのホテルで泊まるのよ」 「ほー、それは大変やなあ」 で、渡したいもんって?と平次が聞けば、蘭はにっこり笑ってスポーツバッグに手を入れた。 そして中から小さな赤い紙袋を取り出す。 可愛らしい白のリボンが取っ手についている。 それを平次に差し出した。 「はい、バレンタイン。ちょっと早いけど」 思わぬ言葉に平次は目を丸くする。 「ほら、さっきも言ったけどこの前イルカのキーホルダーもらっちゃたし。それにいつもコナン君の相手してくれたり、 お父さんの事件手伝ってくれたりしてるから、そのお礼。一応園子にも味見してもらったから、味は大丈夫だと思うよ」 少し冗談めかして蘭が言う。 平次はそこで相好を崩し、目の前のプレゼントを受け取った。 紙袋の中には、チェック柄の正方形が入っている。 「へえ、ということは手作りなんか?」 「うん、ちょっと形がいびつになっちゃったけど…。今日和葉ちゃんに会う予定だったから、 服部君に渡してもらおうと思って東京から持ってきたの」 「いや、なんかすまんな。あんなキーホルダー一つでこないなええもんもらってしもうて」 「そんなことないわ。あのキーホルダーホントに気に入ったもの」 ほら、と言って蘭は再びスポーツバッグの中をまさぐり、そのシルバーのイルカを出して見せた。 家のカギと事務所のカギがちゃりんと鳴る。 「そんなちゃんと使ってもろたら、俺も嬉しいわ。――ほな、これもありがたく受け取っとくわ」 「ありがとう。あ、これ和葉ちゃんにも渡しておいてくれないかしら。友チョコなんだけど」 もう一回り小さなピンク色の紙袋も出して、平次に渡す。 彼は感嘆しながらそれ受け取り、まじまじと見つめた。 「へー…ほんま姉ちゃんって気が利くっちゅうか、利きすぎっちゅうか…きっとあのボウズの友達にもあげてるんやろ」 「買いかぶりすぎよ。私はただお世話になった人にあげてるだけ。そりゃあ少年探偵団の子たちにもあげるけど」 でもそれはあの子達が可愛いから、と笑う蘭に、平次は少し何かを考えた後神妙な顔つきになる。 「――でもまあ、あんまり気負わんときや」 その台詞に、彼女は一瞬虚を突かれたように目を開いた。 彼の真意をわかった上での反応だ。 先ほどバレンタインチョコを渡されて驚いた彼の時とは又違う、まるで後ろからクラクションを鳴らされたかのような狼狽である。 しかし、すぐに彼女はまた微笑む。 「ええ。でも、大丈夫だから」 「そうか」 風が校庭に一閃吹き荒び、二人の間にも砂埃が立つ。 それを二人とも目をつぶって耐えた後、蘭が一方後ろに退いた。 「じゃあ、そろそろ行くね。呼び止めてごめんなさい。和葉ちゃんにもよろしく」 「ああ、こっちこそおおきに」 彼が手を振って、彼女も小さく振り返してからきびすを返した。 大きなスポーツバッグを肩にかけ、校門に向かう彼女の背中を見送りながら、平次は振る手を止める。 徐々に小さくなる背中は、砂埃で消えてしまいそうにも見えて、思わず彼は声をかける。 「なあ!」 「え?」 彼女が振り向く。 「大丈夫でも、言っても良い時は言ってええんやで!」 今度こそ蘭は張り付いたような無表情になった。 そして思わず俯いた後、暫くしてから顔を上げる。 次にはもう泣きそうな笑顔を浮かべており、ゆっくりと二度頷いた。 再び背中を見せて、校門から外へと出て行く。 それを見届けてから、平次は帽子を脱いで、がしがしと頭をかく。 結局、あの親友、彼女にとっては想い人に当たる高校生探偵の名を出すことは二人ともしなかった。 出さないほうが、彼女のためだと平次も思っていたからだ。 では、彼女のほうはどうだったのか。 こうやって二人で会うことは滅多になかったのでわからないが、「江戸川コナン」もその場にいるときは、 よく彼女は平次に「新一から連絡あった?」などと聞いてきていた。 それが、今回は無かった。 かと言って彼への想いが薄れているわけではないだろう。 むしろ、深まりすぎて言葉に出来ないのではないか。 「……ホンマ、わからん」 何故あんなに良い子がこんな悲しいことになっているのか、平次は世の不条理に納得がいかず、もう一度頭をかいた。