白銀の三日月は夢を見るか
平次が東京に来た。 事件の依頼で神奈川に行ったついでらしい。 事務所へ来た彼はコナン、蘭、小五郎に先週行ったという修学旅行の お土産の菓子を渡す。 蘭が「じゃあ紅茶入れてくるから一緒に食べようよ」と言い キッチンへと向かった。 「平次兄ちゃんどこに行ってきたの?」 「マレーシア。結構おもろかったわ」 コナンの問いに菓子箱を開けながら答える。 「コナンくーん!お父さんの部屋に置いたままのカップ持ってきてくれない?」 「あ、うんわかった」 どうやら小五郎が昨日から部屋に置きっぱなしのせいで カップの数が合わなかったらしい。 キッチンから呼ばれコナンが部屋に向かう。 小五郎は興味なさげにはがされた包装紙を眺めている。 一方、何を思い立ったのか、平次は立ち上がるとポケットに手をつっ込んで キッチンに入った。 蘭がお湯を沸かしている。 彼の存在に気付いて振り向いた。 「あ、ごめんね。もう少しで沸くから」 「ええて、ええて。気にせんといて。運ぶの手伝おうと思ただけやし」 急かしにきたわけではない、と彼は右手を振って笑う。 そしてポケットにつっ込んでいた左手も外に出す。 何かを握っているようだ。 「これ、姉ちゃんへのおみやげな」 「え?」 握っていた手を彼女の目の前で開くと、そこには シルバーのイルカが象られた小さなキーホルダーがあった。 小さいが、お洒落で複数の鍵がホルダーされるようになっている。 控えめだが綺麗に光る銀色のイルカに一目で蘭は気に入った。 「菓子探してる時に偶然見つけたんや。そしたら何か気になってしもうてなあ。 迷うくらいなら買ったほうがええかなって」 「・・・でもなんでそれを私に?」 自分の好きなタイプのおみやげだが、個別で貰うことには いささか疑問が残る。 コナンにあげるのならまだしも。 「んー・・・なんやろ。ほら、俺と姉ちゃんってなんかよう好み合うやろ? 今日かて服の色青で一緒やん。やから、俺の気に入ったキーホルダーも 姉ちゃんやったら気に入るんちゃうやろかって思ったんや」 何の打算も全く無い、邪気の無い笑顔で平次は言う。 にかっと笑う彼の顔はまぶしい。 蘭は思わずその顔に魅入られそうになるのに自分でも気付かなかった。 返事の来ない彼女に、平次が慌てて付け足す。 「あ、いらんかったらいらんてはっきし言うてな? 別に無理してもろてもらわんでも・・・」 「う、ううん、そんなことないよ!私もこれすごく綺麗だなって思ったもの。 でもいいの?服部君だってこれ気に入ったんじゃないの?」 はっとして蘭は首を振り、遠慮がちに問い返した。 どんな時でも相手のことを思いやる彼女だからこその問いだろう。 「俺は他にも自分用に一個買ってるしええねん。 それは姉ちゃんに買うてきたもんなんやし。ほんなら、どうぞ」 「・・・ありがとう」 差し出す彼の手にあわせて彼女も両手を受け皿にして キーホルダーを受け取った。 チャリン、という音と共に手の上に乗せられたイルカは なんとなくシンフォニー号で見た本物を思い出す。 「まあ家やチャリンコの鍵でもつけといてえな」 「うん、色々鍵が溜まってきて困ってたから早速使うね」 そう言って彼らが笑いあった瞬間。 「・・・・何してるの?2人とも」 後ろから声がして振り返ると、不機嫌そうに彼らを見上げる子供の目が2つ。 コナンはカップを持ちながら怪訝な顔を見せた。 「何って・・・話してただけやけど?」 「そうそう。紅茶運んでくれるから一緒にお湯が沸くのを待っていたのよ。 あ、カップ持ってきてくれてありがとう」 「・・・うん」 明らかに何かを深読みしているようだが、2人にそんな意図は 全く無い。 というよりそんなことさえ思いついていないのだ。 もやもやとしたものを心に溜め込みながらもコナンは彼女に カップを渡す。 その時やかんの沸騰した音が高らかに鳴り、蘭がボタンを「切」に回した。 そして平次がカップをソーサに乗せていく。 コナンもそれに合わせて側に用意してあったティーパックを入れる。 「何の紅茶なんや?」 「アッサムよ。チョコが甘い分、少し苦めにするわ」 「それがええな」 お湯をカップに注ぎ込むと朱色と茶色の混じった綺麗な 味が滲み出る。 届かないコナンの代わりに砂糖を取り出すべく、平次が 棚の上に手を伸ばしたのが横目に見えた。 そういえば、平次は彼女に「なぜイルカを選んだのか」という理由は 話したが「なぜ彼女のために買ったのか」という理由は結局言っていない。 蘭が気に入りそうだから買った。 先ほど答えた彼の言葉の本当の意味に 蘭も、そして平次自身も今は気付いていなかった。