Secret on The Borders

コナンが新一だと知って間もない頃だったか。
平次は依頼された事件のついでに東京に羽をのばして毛利探偵事務所に
遊びに行ったことがある。
しかしあいにくお目当ての「工藤」は学校のオトモダチと遊びに行ってるとかで
不在だった。

気立ての良い蘭は「せっかくだし夕飯くらい食べていってよ」と誘う。
すぐ帰るからいいと平次は遠慮したのだが、彼女の笑顔に押されてご好意に
甘えることになった。
早速夕飯の買い物に蘭が出かけたので、事務所にいるのは平次とそこの主である
毛利小五郎のみ。
彼はなにやら机の上で難しい顔をして新聞を見つめている。


――競馬やな


あのスポーツ新聞と手に握っている赤ペンを見れば一発でわかることだった。
最初に適当に挨拶を交わしたっきり彼はずっと博打とにらめっこをしている。
大穴を当てる以上のマイナスが常にある、とは小さな居候の弁。
特に小五郎と話すこともなかったので自分もソファに無造作に置かれてある
雑誌に手を伸ばそうとした。


「……おい」
「なんや?」


新聞に視線を向けたまま小五郎が声をかけてきた。
手に取ろうとした新聞はそのままにする。


「お前ー、あの探偵ボウズと連絡取ることあるのか?」
「探偵ボウズって工藤のことか?」
「ああ。よくお前あいつと話してるような口ぶりじゃねえか。
メールとかしてるんだろ」


まさかコナンの正体を疑っているのではないかと一瞬思ったがそうでもないらしい。
だがあまり突っこまれて聞かれても困るので慎重に返事をする。


「そらまあ、同じ高校生で探偵やし?事件のこととかで連絡することはあるけど、
アイツがどこで何してるとかは知らんで。そういうことならアンタの娘のほうが
知ってるんとちゃうんか」


あくまで工藤との連絡は事件がらみのみ。
事情を知る者以外にはいつもそう話していた。


「蘭には元気にしているとしか話してないそうだが」
「そんなら元気なんとちゃうか?元気やなかったら連絡もできんやろうし」


なにやら話しの意図が読みにくい。
この男は一体何が聞きたいのだ?といぶかしむ。


「本当に元気なんだな?」
「……どういうことや。何やオッサンの話聞いてたら、アイツが無事やないのに
無理して姉ちゃんに連絡してるように聞こえるんやけど?」


「本当に」という言葉で話の矛先がわかってきたが、自分は知らぬ存ぜぬを通す。
蘭以上に自分が彼のことを知っていると気付かれると後々まずいのだ。
それにしてもこの男、まさか工藤新一を――


「あのボウズが消えてから一週間くらい経ってからツテを頼って探したんだよ。
流石に一週間もいないとなると事件に巻き込まれた可能性が高いからな。
それにあいつのことだ、無謀に自分から首突っこんだと考えてもおかしくないだろ」


――おっちゃんそれイイ線いってんで。


じゃなくて、やはり工藤新一を彼は探したことがあるのだ。
どれだけヘボでも一応は探偵。
人探しくらいはお手のもんだろう。


「んで?工藤の足取りはわかったんか?」


そんなこと、聞かなくてもわかるのだが。
「知らぬ存ぜぬ」を通す限り白を切りまくる。


「全くわからなかったからこうしてお前に聞いてるんだよ。どう考えたって
おかしいだろ。その場から人が急に消えるなんてよ。トロピカルランドから
出た記録もなかったしな」


いつのまにか小五郎は顔をこちらに向けていた。
その顔は真剣だ。
そこまで調べてたんかい、と平次はこっそり冷や汗をかく。
さてどう答えるべきか。


「あの男が自分の近辺状況を言わないのは、それだけ危険があるっていうことだ。
だが言わない以上こっちからそれに干渉する義理はねえ。ただ本当に無事かどうか
知りたいだけだ。俺の娘が心配し通しなんだよ」


娘を安心させるために工藤のことを知りたいというのは本当だろう。
しかし小五郎自身も工藤を心配してることはありありとわかった。
瞬間的に頭の中で様々なことを考える。
自分が持つ選択肢は三つ。
一つ目は親友のためにこのまま白を切る。
二つ目は親友の彼女のためになんだかんだ言いつつ口は堅そうなこの男に正直に話す。
そして三つ目は――…


工藤ー悪いけどちょっと言うなー、と心の中で手を合わせた。



「………正直言って、工藤がどんな事件追ってるとかは俺も知らん。
でも、アイツは無事や。ぴんぴんしてる。そんでいつか事件解決して必ず、
アンタの娘のところに戻ってくる。それだけは、はっきりと言えるわ」



これは俺が保障する、と断言した。
彼の抱えてる事件がどれだけ途方もないことかわかっているつもりだが、
それでも彼女のところに戻ってくる。
それだけは間違いないと自分も信じている。
そしてこの言葉にどう思ったのか、2人の間に少しだけ沈黙が流れた。

そして、


「……別に蘭のところには戻ってこなくてもいいんだよ。
ったくややこしいことしやがってあのボウズ……」



色々聞いて悪かったな、と言いつつ”探偵ボウズ”に悪態をつきながら小五郎は
再び新聞に目を通し始めた。
内心ほっとした平次は、ソファに座りなおしポケットの中に入れていた携帯を取り出す。
そしてあて先を「工藤」にした。
慣れた手つきで短く文章を打ち、送信ボタンを押して再びポケットにしまう。
ちらりと机にいる男に目を遣るが、今度は真剣に競馬を見ているようだ。


――ホンマ、どこのオヤジも何考えてるかわからんなあ


自分の父親に勝るとは思わないが、劣ってもいないかもしれないと思った。




『好きな女の家やゆうてもあんまボロ出さんときや』

そんなメールがコナンに届くのはすぐだった。


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