富豪探偵

東京都心部にて事件発生。
名家の娘が誘拐され、身代金が要求されているのだ。
被害者の少女の家族から通報を受けた警視庁は早速対策本部を設置し、身代金の受け渡し場所や電話の逆探知を話し合っていた。

そしてそこには目暮以下刑事達に混じり少年が2人。
工藤新一と服部平次である。
高校3年の春休みに遊びに来ていた平次を連れて新一が応援に駆けつけていた。
2人で大人の輪から少し外れたところで地図をにらんでいる。

そうこうしているうちに犯人から2度目の電話が鳴った。
誘拐された娘の父親は一瞬肩を震わせたが、目暮が頷いたのを確認してから、鳴り続ける携帯の通話ボタンを押す。
内容は一回目の時に言っていた身代金の確認だろう。
誘拐犯は1億用意しろと要求していたのだ。
名家ということもあり、何とかぎりぎり全額かき集めた父親は犯人に身代金の場所を指定される。
1億集めたことを聞いた犯人が、声を立てて笑ったのが繋げたスピーカー越しに聞こえてきた。


「そうか、一億集めたのか。流石は元華族だ」
「そ、そんなことより娘は無事なんだな?こ、声を聞かせてくれないか?」
「ああ元気にしてるさ。……そうだな、もう一億上乗せするなら聞かせてやってもいいぞ。あと1時間で用意してみろ」
「なっ!?」


犯人の傍若無人な提案に父親のみならず周りの刑事達も思わず声を上げそうになる。


「そんなことできるはずが無いだろう!?この1億だけでも必死だったんだ!」
「ほう、そうか。可愛い娘には2億の価値も無いと言うんだな?」
「そ、そんなことは……っ」


言葉に詰まり携帯を握り締める父親の側で、目暮達がどう答えさすべきか焦りながらもすばやく頭を回転させて考えていた。
上乗せして2億を1時間以内に用意するのはどうやっても無理である。
しかしここで拒絶すれば娘の命がどうなるかはわからない。
そんな苦悩を知ってか知らずか、犯人はさも残念そうに付け足した。


「やれやれ、じゃあ少しだけお前の可愛い娘にどれだけ危険が迫っているか教えてやろうか」
「ま、待ってくれっ!!」


電話越しに拳銃の引き金を引く音がして父親が叫ぶ。
その時、叫んだ父親の前にある一文が目に飛び込んできた。


『10億円用意すると言って下さい』


――10億だと!? 


巨額な数字が東京一円の地図の裏側にでかでかと書いてある。
真っ白な裏側にペンで指示を書き、新一と平次が広げて目の前に出したのだ。
思いも寄らない行動に目暮達は止めることすらできない。
当然父親は当惑したが、新一が口パクで「早く」と言うので覚悟を決め、言葉にする。


「じゅ、10億用意しよう」
「っ!?なんだと!?」
「……む、娘の命は10億以上の価値があると言ってるんだ。それでいいだろう?」


これは父親が考えた返事ではない。
裏紙に更に新一が書き足し、これを答えるようにペンで指したのだ。


「…ははは!気に入ったぜ、その案に乗ってやる。では約束通り娘の声を聞かせてやろうか」


その数秒後娘の声が父親の元に伝わり、涙しているのが端から見てもわかった。
そして再び犯人へと声が戻り身代金10億円の渡し場所を指定される。
用件を済ませた電話はそのまま切られ、急いで佐藤がホワイトボードに場所を書いた。
緊迫した交渉が終わるや否や、目暮は新一たちに慌てて詰め寄る。


「どういうつもりかね工藤君!?なぜ10億なんて巨額を…!?」
「2億より10億のほうが持ち運びがしにくいからですよ。これまでの行動を見る限り犯人は恐らく1人か2人でしょう。 男数人集まっても10億運ぶのはもたつくはず。そこを狙えば捕まえられるかもしれません」
「な、なるほど……ってそういう意味では無くてな、工藤君。10億をこの1時間で用意など出来ないと私は言いたいんだが……」


冷静に突拍子も無いことを言い出す彼に目暮はたじろぎながらもつっ込む。
確かに奥の手として新聞紙を本物のお札に挟んで額を偽ることも出来るが、そういう手段はばれると危ないので使いたくなかった。
これからどうするんだと冷や汗をだらだら流す目暮に向かって
新一は爽やかスマイルでさらりと言い放つ。


「ああ、それなら僕が用意しますからご安心ください。自分が言い出したことなのでちゃんと責任持ちます」
「何ぃーーー!?」


そこにいた平次を除く全員が叫ぶ。
高木は椅子から落ち、千葉は意味も無く床に頭を打ち付けた。
白鳥も平静を装うとしていたがペンを持つ手が震えている。


「10億用意できるの工藤君!?」


いち早くショックから立ち直った佐藤が思わず駆け寄る。


「僕、親と事実上共同で持っている口座がいくつかあるんですよ。そこは自由に使っていいと父から言われてるんで、それを利用します」
「へ、へえー……」


ペイオフ解禁したんで口座を細かく分けたんですよと彼はにこやかに言う。
顔を引きつらせながら佐藤は後ずさった。
親もそんな大金子供に持たすな、とそこにいる誰もが思った。
一方平然としていた平次が何かに気付いてように、手をぽんと叩く。


「でもお前、その口座の半分が海外やったんとちゃうんか。1時間だけなんやし日本の銀行しか無理やろ」
「そういえばそうだったな。確か日本のほうだと5億くらいだから後は―…服部、お前も5億出せ」
「何でやねん!お前が言いだしっぺやろう」
「仕方ねえだろ。お祖父さんに頼めばすぐ調達出来ねえか?」
「まあ出来るけど…しゃあないなあ。その代わりお前のオトンの新刊裏ルートで発売前に貰うで」
「オーケー。つかお前そうじゃなくてもいつも発売前にあげてるだろ」
「今度はサイン付きや」
「わかったわかった」




もはや彼らの会話についていけるものはいなかった。
対策本部にいる大人全員が凍りつき遠い目をしている。
 
高校3年生が1時間で10億を調達。

しかもそれがどうしたと言わんばかりにあっさりとやってのけるのだ。


「白鳥さん……上流って何ですか?」
「……」


床から震えつつ立ち上がる千葉が、側にいる「上流階級」に問う。
しかしそのブルジョアでもその質問に答えることは出来なかった。




「あ、お久しぶりです。工藤です。急で申し訳ないのですが、少しお金を調達したいので…」
「もしもし祖父ちゃん?平次やけど、5億貸してくれへん?」



静まり返った対策本部に少年2人の携帯だけが稼動していた。








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