続・富豪探偵
 ここはアフリカか。  快盗キッドが「ここ」に来てまず思ったのがそれだ。  某漫才コンビが鋭くツッコむあんな力強い思いではない。  例えるなら、某「すごいよマ○ルさん!」に出てくるような背景真っ白で登場人物が目を細めて脱力している場面だ。  限られた人しかわからなさそうな表現だが、そういうことなのである。 「おいおいおい……」  白いマントを棚引かせ、闇夜の電信柱に降り立った彼は顔を引きつらせた。  ターゲットは、遥か昔フランスの貴族が道楽で作ったとされる巨大なネックレス。  優に数メートルはあるであろう輪の中心には、ビッグジュエルがはめ込まれてある。  勿論それは人間が身につけるものではなく、ネックレスに見立てたオブジェだ。  それが今目の前に広がっているライトアップされた豪邸の中にある、のだが。  降り立った瞬間突きつけられた非現実的な現実に、キッドは冷や汗を流した。 「……キリンって確か、案外強いんだった……よなあ」  そう、豪邸と同じくらいの大きさを持つ庭のど真ん中にキリンがのっそりのっそり優雅に歩いていたのだ。  しかも三頭。  そのうちの一頭の首には、お目当てのビッグジュエルが入った首飾りが飾られてあった。  動く巨大キリンの首から如何にして盗るのかも難題だが、それ以上にどうやって飾ったのかも非常に疑問だ。 「ぜってーコレ、白馬のヤロウの差し金だな」  キッドは確信する。  なぜならこの豪邸の主は白馬家の親戚だからだ。  あの白馬探のことだから、警察の力を使いまくるか、ホームズよろしく一人で待ち構えるかどちらかだろうと思っていた。  少なくとも、下見に来たときは警察が近辺を警護していた。  だが、彼は第三の方法を取ったのだ。  夜でもライトで煌々と明るい大庭園で、ゆっくり歩くキリンの首にかかるビッグジュエル。  白馬からの無言のメッセージがそこにあるような気がした。  取れるものなら取ってみろと。  あの子憎たらしい、気障で嫌味な笑みを湛えたシャーロキアンが頭に浮かんだ。   「あー腹立つ! ぜってーどうにかして取ってやるからなあー!!」    キッドが珍しくポーカーフェイスを崩していたその頃。  崩させた張本人の白馬探は、豪邸の中でゆったりと紅茶を飲んでいた。  勿論ホームズコスプレはばっちりしてある。  相棒の鷹・ワトソンも籠の中で大人しく待機中だ。  彼は庭を臨むリビングでソファに座り、首の長い動物を眺めた。  警察もいない。  ここで警護しているのは事実上彼だけだった。 「ふふふ……僕の親戚をターゲットにしたことが運の尽きですよ。快盗キッド。おかげで僕は好きなように行動できる」    ビッグジュエルが大きな首飾りだと知った白馬が、今の状況にしようと思いついたのは予告状が届いた一週間前。  より大きなキリンを求め、わざわざアフリカまで行って船で本物を運んできたのだ。  つまり野生。手懐けられるはずがなかった。  だが、アフリカの大地でちょっとおかしいくらい堂々とキリンに向かって「君達の力を貸してくれ!」という白馬に、 相手も興味を示してしまったらしい。  その結果、素直に三頭がついてきてくれたというわけである。  障壁になりそうな法律やら何やらも色んな権力を使ってどうにかしたようだ。   「さあ、どうしますかキッド。僕はこの新しい友人(注・キリン)に全てを託しました。この苦境を乗越えられるというのなら、 是非僕に見せてくれたまえ!」  部屋の中にあるオーディオデッキから勝手にクラシックを流して、白馬が自分の状況に酔う。  ちょっといっちゃった親戚の息子を目にしておろおろしている家の主など、どこ吹く風だ。  アフリカ―日本間の船の運賃、膨大なエサ代、大庭園の塀を更に強固なものにする改修費。  気が遠くなるような費用をかけたが、当の白馬はキッドへの挑戦の一つとしか考えて無いようだ。     「さすが坊ちゃま。相変わらず素晴らしいご名案でございますわ」  側に控えるばあやの称賛が、BGMと共に白馬をより酔わせる結果となっていた。  一方、キッドは電柱で高機能な回転を誇る頭をフル稼働し様々な対策をめぐらしている。 「えーと、他の二頭も邪魔だし、麻酔も普通のやつは効かないし、手品で驚かせても暴れたら余計にやばいし、 普通に近づいてもかなりキック力はあるらしいし……ん? でもそんなキリンの首にかかってるってことは、 誰か心許せる人がかけたってことだよな」    そして数十分後。  本物と見間違えるかのような白馬に扮したキッドが庭に堂々とやってきて、キリンに「僕にその飾りを取らせておくれ」と 言うことになる。  「そいつは偽者だよジョセフィーヌ!」といつの間にか名前までつけて慌てて庭に出てきた本人とキッドが対面して、 互いに互いを本物だと主張する奇妙な場面。  それを目を丸くして見下ろすキリンの胸中を、窺い知るものはいなかった。