蒸し暑い日
「近づけばこいつを殺すぞ!」 一体この台詞を何度聞いたことか。 白鳥は内心ため息をつきながら、目の前に繰り広げられる銀行強盗犯の人質付き立てこもりを眺める。 事件が発生してからかれこれ3時間くらい。 最初は派出所、次に所轄、そして最後に自分達警視庁。 なので派出所の人間に比べたら、こうして待っている時間に対して文句を言うのは我侭だろう。 それでも、うんざりしたくなるのはなる。 上司がスピーカーで説得を試みているが、犯人は一向に銀行から出てくる気配が無い。 「人質の女性行員も心配ですよね。体力の限界が近いかもしれませんよ」 隣で後輩の千葉が、困った顔でこちらに言う。 「そうだね。しかし、もうすぐ強行突入の指示が出る可能性もあるのでどちらかというと、 この辺にいる野次馬達の退去指導のほうが私は心配だよ」 記者達も五月蝿そうだしねえ、と付け足して後ろを振り向く。 これだけの人数を退去させようとするのは、かなりの至難の業だ。 「……なんか、白鳥さんの思考回路って一本筋が綺麗に通っていそうで、いいですよね」 そう言って千葉が呆れた風に笑うので、白鳥は眉をひそめる。 「どういう意味だい、それは」 「ほめ言葉ですよきっと」 若干冷ややかに見下ろせば、後輩はそのままそそくさと説得している目暮のところに逃げて行った。 その後姿を眺めつつ、今度は本当にため息をつくと、再び強盗犯のほうを向く。 ここから数メートル先の行内で、犯人は銃を持って人質をその手に抱え何やらわめいている。 もしSATが突入でもすれば、あの人質の女性は少しくらいは怪我をするかもしれない。 嫌だな、と白鳥は思う。 可哀想とか、由々しき事態だとか、そういう感情の前に、嫌だと思う。 だが不意に犯人の言葉が聞こえてきて、 「いいか!本当に殺すからな!!」 じゃあやれよと思わず言ってしまいそうになったのは、流石に心の内に一生留めて置くことにする。 どうやら、あまりの蒸し暑さに頭がいかれているようだ。