迎える日
 水無が眠っている病室の隣室に構えたFBIの控え室では、元から備品として置いてあった小さなテレビからニュースが流れていた。  夏休みシーズンの目玉行楽地を紹介しているアナウンサーが画面の中にいる。  本来なら、隣の病室にいる人気女子アナもこういったことを今頃しているはずだったのかもしれない。  見事な二足のわらじね、とため息をついてパイプ椅子に座ったジョディはその箱を眺めた。  自分も以前はそれに似たことをしていたのだが、彼女ほど完璧には出来無かったと振り返る。  自販機で買ったコーヒーを飲みながらそのまま見つめていると、アナウンサーが特集の締めに言った単語が気になった。  その単語自体は聞いたことあるが、何となく把握できない言葉だ。  かばんに入れてある電子辞書ででも調べてみようかと立ち上がる。  ちょうどそのとき、扉が開いた。  中に入ってきたのは赤井。  外での調査から帰ってきたらしい。  渡りに船とばかりに、早速ジョディは気になった単語について目の前の日本人に問いかける。 「ねえ、秀。お盆って何なの?」 「……盆だと?」  開口一番、聞かれた言葉に赤井は若干眉を顰めた。 「さっきテレビで、今年のお盆は国内旅行が増えるって言ってたのよ。お盆は日本人がレジャーするために作られたお休みなのかしら」  彼女がどういう点で誤解をしているかがわかった彼は、自分が久しぶりに日本にいることを実感する。  アメリカにいる時にはまず聞かない質問だ。 「……盆に旅行することが増えたのは後付けだろう。本来の目的は、8月15日に帰ってくると 言われている死者の霊を迎えることだ」 「死んだ人が帰ってくる?」 「まあ、仏教の考えに近いからお前にはわかりづらいことかもしれないがな」 「ハロウィンみたいなものかしら」 「どうだろうな。死者が来るという点で言えば共通点もあるが」 「へーえ……」  ハロウィンも英語圏では死者の霊や魔女・精霊が出てくるとされている行事だ。  死者たちへの対処が盆とだいぶ違うが、ジョディがそれと重ね合わせたのは致し方ない。  それで彼女が納得したと判断した赤井は、背中を見せて同じように空いているパイプ椅子に座った。  調査結果をまとめるべくパソコンを立ち上げる。  彼との会話が不意に終わるのはいつものことだ。  電子起動音が静かに響く隣で、ジョディも腰を下ろし側にあった資料を手に取った。  ぱらぱらと枚数を確認していくが数分後、ふと、その手が止まる。  何かを思いついたように、顔を上げる。  そして、起動音も収まりキーボードに指を置こうとしていた赤井のほうを向いた。 「ねえ」 「……なんだ」  今日はやけに話しかけられるなと思ったが、画面を見たまま彼は大人しく返事をする。 「私の父も、帰ってくるのかしら」  ぴたり、と彼の指が止まった。  彼女は真顔だ。  冗談抜きで、本気で思ったのだろう。  黒の女に殺された父の霊が、自分のところへ来てくれるかもしれないと。  しかし、すぐに被りを振った。 「でもやっぱり宗教が違ったら無理なのかしら。それにここ日本だし」 「……いや」  赤井が画面に向いていた顔をジョディのほうへ移す。 「日本はアメリカほど宗教にこだわりはない。……クリスマスの数日後に、正月を盛大にやるような国だしな。 お前が帰ってくると思ったら、お前の父は帰ってくることになるかもしれない」 「そんなものなの?」 「そんなものだ」  厳密に考えれば、「そんなもの」でもないかもしれないが。  それでも彼は言い切った。  彼女の父に対する思いは知っていたし、更に彼も帰ってきてほしい死者の霊があったからかもしれない。  まだ一周忌も向かえていない、大切な人の霊を。  一方彼女はそんな赤井の心境には気付いてるのかいないのか、少し考える素振りを見せた。  そして肩を竦ませ、日本人がよく欧米人の仕草として想像する「あきらめ」のポーズを取る。 「……やっぱり日本は私にとってまだまだ不思議な国だわ」  そうは言いつつも、どこか嬉しそうだ。  何度も聞いて悪かったわねと彼女は付けたし、そのまま再び資料に目を下ろす。  謝意には応じることなく、黙って赤井もパソコンに向き直る。  紙のめくられる乾いた音とキーの軽快な操作音だけが病室に、暫くの間続いていた。  そしてお盆の日。  コナンにでも詳しく聞いたのか、爪楊枝が刺され馬のような形をした胡瓜と、同じく牛のような形になった茄子がちょこんと 窓際に置かれていたらしい。