ありえない死
 手遅れだ。  駆けつけて見た瞬間そう思った。  首が直角に折れていて、頭蓋骨も砕けてるのではないだろうか。  青空に不似合いな、赤く滲む地面とそこに大の字に倒れている少女。  目が引ん剥いているが、その顔に見覚えがある。確か三年の先輩だ。  屈んでいた新一は黙って立ち上がり、上を見上げた。  この真上にある校舎の屋上のフェンスをよじ登り、彼女はたった今飛び降りたのだ。  それを、校庭で同級生とサッカーをしていた彼が目撃した。    彼は校庭にいる生徒達に近づくなと制止し、救急車と警察を頼んでからすぐに駆けつけたが、 彼女の息の根は止まっていたようだ。  救命処置も出来ない有様にため息をついて、後ろを振り向く。  視界に入るのは不安そうに彼を見つめる同級生達と、慌ててやってきた教師達の姿。  絶望的な顔で教師の一人が「自殺か」と問いかける。  新一は「多分」とだけ答えた。    この状況を見る限り、きっと他殺は無い。  いつもなら明らかな自殺でも他殺の疑いを持って調べる新一だが、今回はそんな風には思えなかった。   根拠は、この無しか映さない遺体の目。  何の希望も無く、何の暖かみも無いまま、死を拒否しているのに受け入れてしまったその目。  彼にしては珍しく、それは根拠とは言えない根拠だった。  死ぬ時彼女はどんなことを考えていたのだろう。新一は思う。   飛び降りる瞬間の彼女は、遠目ながら絶望感に溢れた空気を纏っていたような気がする。  いじめ、  受験、  レイプ、  恋愛、  家庭環境、  精神障害、etc――  自殺する原因を思いつくまま頭の中に並べてみる。  だが、どれもいまいちぴんと来なかった。  それ以前に新一は、人が自ら死ぬ原因が理解できない人種だったが。  彼自身それは自覚している。   「直子!? 直子ーっ!!!」  突然野次馬の輪の向こうから、自殺した少女の名を叫ぶ声がした。  声のするほうに目を遣ると、涙ながらに女子生徒が人と人の間を押し退けて遺体に近づこうとしていた。  慌てて教師がそれを抑える。  抑えたのは、探偵の新一に現場を荒らしてはいけないと言われたからだろう。  尤も、面倒なことをこれ以上起こしたくないという気持ちも多分にあっただろうが。  それでも女子生徒は制止する教師の腕の中でもがきながら、「直子」という名を呼び続けた。  何度も、何度も。  新一はそれを無表情に少しだけ見つめたが、次に再び遺体の前にしゃがみこんだ。   少女の見開いていた目の前に自分の手をかざし、すっと瞼を閉じさせる。 「遺体に触らなかったら、いいですよ」  そして顔だけ振り返り、女子生徒にそう言った。  女子生徒は一瞬ぴたりとその叫びを止めて新一を見る。  だがその直後、再び慟哭を校庭に響き渡らせて遺体に駆け寄った。  触れないことが条件であったが、遺体を抱き寄せんばかりの勢いに新一が後ろから女子生徒の両肩を掴んで留める。  この様子からして、彼女は死んだ少女の親友だったのではないかと彼は予想する。  こんなに思ってくれる人がいるのに、何故死んだのだ。  あんな目だけは少女も親友に見せたくないだろうと思い、いけないことだとはわかっていながらも瞼は閉じさせた。  しかし、少女が死んだ理由だけは何度考えてもわからない。  生きる以上の理由が、死にあるとはどうやっても思えない。  それ以外の言葉を忘れたかのように、名前を叫ぶ親友の肩から抑える自分の手に伝わる震えが、 より一層新一の不可解さを増幅させる。  わからない。  わからない。    理解不能な現場の上から、昼休みの終了を告げるチャイムがいつもどおりに鳴っていた。