Tactics
 「クールビズ推進中」と書かれた張り紙がクーラーの冷風で 飛ばされそうな昼間。 警視庁捜査一課内は昼食を取るために戻ってきた刑事もいて 割かしにぎやかになっている。 溜まっていた報告書を片付けていた白鳥は、ひと段落ついたところで ぐっと両手を伸ばした。 肩のところどころがぽきぽき鳴ったような気がする。 力を抜くようにため息をつきつつ、手を伸ばした時 視界に入った、同じく後ろ斜め向かいのデスクで書類を整理する 佐藤をちらりと見た。 てきぱきとファイルにプリントを分けていく彼女の手に光るモノがきらり。 それは指輪。 しかもよりによって左手薬指に。 おまじないでつけているらしいことは本人や宮本婦警から聞いている。 シルバーにターコイズの入った指輪で魔除けになるという。 それ以外の意味、つまり左手薬指の恐らく常識的である意味を知らずにつけているのだ。 最初それを聞いた時はあまりの無垢さに驚いたものだったが、 佐藤とはそういう女性だったと思い返したものだ。 ――まあ、そこが良い所なんですけどね もう少しくらいこっち方面に関しては聡いほうがこちらとしても気が楽かも しれないとも思うが。 人知れず苦笑して、再び自分もデスクに向かおうと体の向きを変える瞬間、 その指輪に違和感を覚えてぴたっと止まった。 そう、ターコイズの入ったシルバーの指輪……だと「思った」指輪にだ。 ――若干前の指輪と違うーー!? 衝撃の発見に思わず気付かれることも構わないくらいそれを凝視した。 確かにターコイズは入っている。 が、以前とは違いそれが5角形の小さな宝石になっている。 彼女があんな短期間で装飾品を自ら変えるような性格でないことは知っているつもりだ。 なら、誰かが渡したとしか考えられない。 そしてその「誰か」とは腹が立ちつつも一人しかいないわけで。 「どうしたの、白鳥君。そんな怖い顔してこっち向きっぱなしで」 思考が現実から遠のいていた自分に、怖い顔にさせた本人が やはり気付いてしまって回転椅子をくるりとこちらに正面向けた。 書類は片付いたらしい。 「いや……その指輪が最初していたのと違うなと思いまして」 若干引きつりつつも冷静を保った振りをして原因を言う。 嗚呼答えを聞くのが怖い。 「これ?高木君に貰ったのよ。つけるならコレにしてくださいって言われてね」 やっぱり。 心の中で「orz(がっかり)」のポーズをとる。 やはりあの男はのほほんしているようでこういうところには抜け目が無い。 天然タラシ疑惑男め。 だがここで大人しく 「ああ、そうなんですか。よくお似合いですよ」なんて言う 白鳥任三郎ではない。 「じゃあせっかくですし私の家にある魔除けの指輪もしてみませんか? 私の家では誰もつけていないので、使ってもらえる方に 差し上げたいと思ってたんですよ」 家にあるなんてウソである。 今からダッシュで宝石店にいくつもりだ。 「誰かに使ってもらわないともったいない」という名目であれば 指輪の意味を知らない彼女も承諾すると思ったのだが、 それは次の返事でもろくも崩れ去る。 「あら、使えないなんて言わずに白鳥君つけてみたら? 仕事上験担ぎにいいかもしれないじゃない。私はこの指輪だけで十分過ぎるわ」 佐藤はそう答え、穏やかな顔で視線を手元にやる。 反対に白鳥はその答えに少しだけ眉を顰めてしまう。 「……その高木君の指輪で、十分すぎるんですか?」 その問いかけに彼女が何とも捉えにくい笑みを浮かべる。 「ええ。それにこの指につけるなら、高木君の指輪がいいわ」 「え」 それってもしかして。 脳裏にある考えが思い浮かぶ。 いや、だがしかしそれなら彼女は「それ」を承知で薬指にはめて――… 「3丁目の聞き取り終わりましたー!」 突然自分と佐藤の間に一際元気な声が通り抜けた。 ぱっと横を向けばそこには指輪をあげた張本人が報告書とコンビニ弁当を 持って側まで来ていて。 「お疲れ様。じゃあちょっと報告書見せてくれる?」 「はい、どうぞ」 既に自分との会話は終わったつもりらしく佐藤が高木へ労をねぎらう。 その視線は仕事仲間というには少し違う優しさが入り混じっていた。 「それ」を承知の上で黙ってあげた彼と同じく黙ってはめた彼女。 2人を繋ぐ指輪がまたきらりと光る。 ――いや、色んなもの篭り過ぎでしょう。それ…… その光に2人の様々な思惑を感じ取って、知らず知らず冷や汗が出た。