Tea Time

神戸のとある高級ホテルの最上階。
青年が品の良い仕草でカップを持ち中の香りを楽しんでいる。
テーブルを挟んで向かい合った青年も意外と慣れた感じで紅茶を飲む。

「どうです?ロンドンから直接持って帰ったきた茶葉ですが」
「紅茶はようわからへんのやけど、ええ香りってことぐらいはわかるで」
「そんな流麗な作法でカップを持つ人が紅茶を知らないとは思えませんね」
「んー、茶道習ってたしちゃうか?」

まあそういうことにしておきましょうと色白の青年は再びカップに口をつける。
ホンマやって、と色黒の青年はカップをソーサーに置く。
部屋の外にはガードマンが立っているがこの室内には2人しかいない。
白馬探と服部平次。
今晩怪盗キッドが、このホテルの隣にある美術館にやって来るという予告状が届いたのだ。
予告状が届いた日に偶然イギリスから帰国していた白馬は、自分が行かずして誰が彼を捕まえるのだと言わんばかりに早速神戸にやって来た。
そして神戸にいくついでに途中にある大阪で服部を呼び寄せていた。
ちなみにもう一人のライバル、こちらはまだ公言できないのだが、 工藤新一はやんごとなき事情で来ることはなかった。
服部にはその理由がわかっていたのだが。

――そら、遠足やったら来れへんわなあ。

かわいそうに、と服部は心の中で小さな友人に同情した。
白馬はライバルだと公言しているのくらいなので、キッドに執心しているのは当然のことだ。
しかし服部はそうでもなかった。
大阪に予告状が届いたり、自分の大親友(←自称)が関わってくる時以外は
この若き怪盗に興味を示すことはあまりない。
彼曰く、

「あの怪盗を捕まえるのは白馬か工藤。それ以外はおらん」

だそうである。
だが今回、白馬に誘われる形でここにやって来た。
彼に「捕まえる手伝いをしてほしい」と言われついてきたが、実のところキッドがやってくるまでの話し相手がほしかったんじゃ ないのだろうかと一瞬思ってしまう。
警察の誰かを捕まえて時間つぶしくらいはできるだろうが、彼の頭脳についてくる人物がそうそういるとは思えない。
加えて年上ばかりではつまらないだろう。
それに比べると白馬と服部は共通点が多い。
高校生、探偵、警察官僚の父親、名家、etc・・・・・・
初対面の時こそ最悪だったが、それ以降はそんなにいがみ合うことは無くなっていた。
白馬が彼に対する認識を改めたのが大きな原因だろう。
ここでその辺りについて言及するのは避けるが、とにかく白馬にとって彼が良き同業者であるのは間違いなかった。

「なあ。怒らんこと前提で1つ聞いてもええか?」

紅茶の隣に置かれた洋菓子に手を伸ばし、包装を破りながら問う。

「なにか引っかかるようなものがありますが、いいでしょう。ここへ呼んだのは僕ですし。何ですか?」

白馬も同じく洋菓子を手に取った。
そんな淡々とした様子に服部は少し躊躇ったが、思い切って言ってみることにする。

「お前って、友達おるんか?」


一瞬の沈黙。
ぱき、と白馬の持つクッキーが割れた音がした。

「……別に怒りはしませんけどね。君はホント失礼なことを言う人ですね」

いや怒ってるやん!と彼は内心つっこむがそんなことは後回し。
慌ててフォローを入れる。

「ちゃうちゃう!別に白馬が嫌味な奴やからとか気障ったらしいからとかそういう意味とちゃうで? ただ、お前ってどう見ても同年代とは話あわなさそうやし、 高校生でイギリス留学しとるし。友達作る機会無いんとちゃうかな〜て思ただけや。 日本の高校おった時はどうやったんや?」

「そうですねえ……」

よくよく聞いてるとまた失礼な言葉が端々に織り込まれてるが、そこは論点ではない。
服部は、白馬が友達が出来る環境にないのではないかと聞いているのだ。
ふむと白馬は考え込む。

友達とはいかなるものか?

江古田高校にいた時の事を思い出す。
恐らく黒羽快斗や中森青子とそのまわりにいた同級生のような関係を友達と呼ぶのだろう。
では自分その中にいたのか。
はっきりYESとは言えないだろう。
青子など、好意的にしてもらった人たちはいたが友達とよべるようなものでは無かったと思う。
小泉紅子も勿論違う。
では黒羽快斗はどうなのか。

「友達とよべるとは思えませんが、僕と張り合える人物ならいましたよ」

黒羽であろうが怪盗であろうが"彼"が自分と並ぶ頭脳の持ち主には違いない。

「お前と張り合えるやつがその辺の高校におったんか?ぜひともその顔見てみたいもんやな。クラスメートやったんか?」
「ええ。化かしあいとまではいきませんが、腹の探りあいは中々楽しいものでしたよ」

そう、友達ではなかったが楽しかった。
彼と話すのは。
一方的にこちらが楽しんでたような気もするが。

「そういえば君はどうなんでしょう?」
「俺?」
「君にはたくさんの友達がいそうですけど、その中に嫌味ったらしく気障な僕は入れてもらってるんでしょうか?」

先ほどの彼の言葉を使ってニッコリ問い返す。
この辺が嫌味ったらしいと言われる所以だろう。
自分とは違って、人懐っこく愛想もいい彼のことだ。
勝手に人が集まってくるだろうと白馬は思った。

「そら友達はぎょうさんおるけど、親友みたいなもんは片手で数えても十分すぎるほどや。 1人か2人ってとこちゃうか。……お前がええて言うてくれるんやったらその片手に加えたいところやな」

友達ではなく親友で。
どやろ?とニカっと笑い返す。
その笑顔が白馬にはまぶしかった。

「君の親友に加えさせてもらえるなんて光栄ですね」
「そんじゃあ決定。お前は俺の親友な」

乾杯をするかのごとくティーカップを右手で掲げる。
白馬もそれに倣って掲げる。
そしてくすりと笑った。

「……紅茶ってこんなふうに扱うものじゃないんですけどねえ」
「だから言うてるやん。紅茶のほうはようわからんて」

親友やったら細かいとこ気にすんなや、とつっこむ。

「どうやら僕は調子のいい人と親友になったようだ」
「調子悪いよりええやろ。そや、悪いといえばお前と同じくらいノリが悪い親友がおんねん。 多分お前と話が合うはずやで。そいつもごっつホームズ好きやから」
「もしかしてどこぞの海外にいるという工藤某君のことですか?」
「そう、そいつ!でも某てお前……」
「その人と会ったことないですからね僕は。でもいつかお会いしてみたいですね。同い年のホームズフリークで探偵というのがなんとも興味深い」
「今度会うことがあったら伝えておくわ」
「ええ。楽しみにしていますよ」

服部と仲のいい工藤という探偵。
名前は良く聞くが、自分がロンドンに行ったのと入れ違いに高校生探偵として名を馳せたせいかあったことはない。
でも服部があそこまで気に入っているなら、面白い人物には間違い無さそうだ。
彼といると何か自分の知り合いの輪まで広がっていきそうな気がした。

「あと一時間ぐらいでアイツ来るな」
「今はそっちのほうが楽しみですね」

もうすぐあの怪盗がやって来る。
直に会うことがあったら言ってみようか。

――紹介しますよ、彼が僕の親友の服部君です

クラスメートだった彼なら驚くと思う。
あの白馬探が親友と公言するなんて、と。
そんな彼の驚いた顔を見てみるものいいかもしれない。

いつのまにか二人の間にあった洋菓子は全て無くなっている。




メインディッシュは怪盗キッドでどうだろうか?








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