適齢期
「あ、高木刑事!」  非番の昼、牛乳を切らしてることに気付いて近くのスーパーに行き、 入ろうとすると見慣れた少女がその店から出てきた。 「やあ、歩美ちゃん。一人でおつかい?」 「ううん。お母さんが今レジでお金出してるところ。人がいっぱいだったからお外に出たくなったの」 「あー、この時間はよく混むからね。ちゃんとお母さんには外に出ること言った?」 「うん!ここのガチャガチャで待ってるって言ったよ」  指差す方向には仮面ヤイバーのガチャポンがずらり。  スーパーの入り口付近でよく見る玩具だ。  ドア前につっ立っていては迷惑なので、その玩具の前に2人とも移動した。 「高木刑事もおつかい?」 「そうだよ。牛乳を買いにね」  だが、この自動ドア越しに見える混みようだと向かいのコンビニへ行ったほうが 早いかもしれないなと心の中で苦笑する。  牛乳一本だけのために並ぶには少しばかり長い列が出来ていた。  そして再び少女に目を向けると、じっとこちらを見上げていたことに気付く。  膝を曲げ、屈んで視線を合わせた。 「僕の顔に何かついてる?」 「そういうわけじゃないんだけど……ねえ、高木刑事っていくつ?」 「へっ?に、26だけど?」  突飛な質問に思わず間の抜けた声が出たが、別に隠すことでもないので正直に言う。  実年齢よりも若く見られることはよくあれど去年から遂に20代後半突入である。  一方少女はその答えにふむ、と考え込む仕草を見せる。  その姿に、何だか取調べを受けているようだなといつもの探偵団の行動を思い出した。  小学生とは思えぬ思考をこの子供達はよく披露するのだ。  次に小さな探偵は再び顔を上げる。 「じゃあ佐藤刑事は?」 「え、佐藤さん?佐藤さんは28歳のはずだよ」  4月で誕生日を迎えてる。  なぜここで彼女の名前が出てくるのか皆目わからず、自分の頭にはてなマークがぽんぽんと浮かび回った。  自分や彼女の年齢に一体何の疑問が?と現役刑事は真面目に考えたが、一向に予測すら見出せず。  逆にその脈絡の無い質問を投げた少女は、両手を顔の前でぱんとつき、その回答に声を弾ませた。 「じゃあ、佐藤刑事は私のお母さんと同い年なんだ!」 一瞬。 息が止まった。 いきなり後ろから肩を叩かれるような驚きと言うべきか。 なぜかはわからない。 ただ一瞬本当に息が止まった。 「前からね、ずっと思ってたの。私のお母さんとお父さんとね、 高木刑事や佐藤刑事は年がおんなじくらいじゃないかなあって」  おそろいだねー!、とどこか嬉しそうに笑う。  こういうときに「おそろい」という言葉を使うのは少し違うような気もするが 幼い子供にとって他の人と共通点を見つけることはやたら嬉しいものらしい。  何の意図も全く無い無邪気な笑顔に、思わぬ己の内心の反応に戸惑いながらも 「そうだね」と同じく笑顔で返す。  すると少女の後ろ、つまり店のドアが開いて綺麗な女性が出てきた。 真っ直ぐな背筋が「彼女」と似ている。 「あら歩美。その方は?」 「あ、お母さん!」  このすらりとした女性が少女の母親のようだ。  夏らしく薄いクリーム色のワンピースを着ている。  その綺麗な線を描く眉をひそめてこちらを見ていた。  自分の娘が知らない男の人と話しているのである。  このご時勢だ。  普通は何用かと疑うだろう。  慌てて屈んでいた姿勢を正して挨拶しようとしたが、それよりも娘のほうが早かった。 「このお兄さんが”高木刑事”だよ!」 「あら!この方がいつも歩美がお世話になってるあの”高木さん”?」  ”高木”という言葉でころっと表情が変わる。  目を輝かせてにこやかに歩み寄ってきた。 「いつもいつも娘がお世話になってるようで……あ、私吉田歩美の母です」 「いえいえ、こちらこそ。高木渉と申します」  仕事柄角度のついたお辞儀をする。  対する女性も「探偵気取りで刑事さんたちにご迷惑をかけ、 もう何と申していいのやら……」とぺこぺこする。  一体家でどんな風に自分のことを話したのかは予想できなかったが、 とりあえず良い風には言ってもらってるらしいと人知れず安堵する。  娘の頭に手を乗せて一緒にお辞儀させようとする姿は、 先ほどの言葉通り自分の恋人と同い年の若さが滲み出る。 しかし、その若さと同時に「母親」というオーラも垣間見えた。 自分とでも2歳しか違わない目の前の女性は、違う世界にいるのだろうと何となく思う。 「探偵気取りじゃないもん。探偵だよ!」 「こら、歩美」 「まあまあ、こちらも助けてもらうことは実際あるので……」  その後主婦と刑事によるお辞儀の応酬を暫くして、一通り会話を終えてから親子と別れた。  ばいばーいと手を振る少女。  母親はもう一回お辞儀をした。  そして背を向けて親子手を繋いで帰っていく姿を、暫く見送る。  親子の背に、息が止まった瞬間を思い返された。 ――じゃあ、佐藤刑事は私のお母さんと同い年なんだ!  そう、自分達の年齢で小学生の子供を持つ親がいるのだ。  小学生はまだ若干早いとは言え、幼稚園児くらいの子供なら 既にいる同級生もそろそろ出始めた。  適齢期。  まさに今がそれなのかもしれない。  自分も、自分の恋人も。  別にそれで焦ることは無いし、互いのペースでゆっくり時間をかけて 進んでいけばいいと思ってる。  これは彼女だって同じ気持ちだろう。  むしろ自分よりゆっくりかもしれない。  ただそれでも、今言われた言葉は改めて己に気付かせた。  親になっててもおかしくない大の大人だと。  そういった話が出てくることは少ない職場ということもあり 情けないながら考えの及ばない事実だった。  自覚したところでどうすることもできないけれど。 「……参ったな」  誰に言うわけでもなく、ぽつりと呟く。  何に対しての困惑なのかは自分でもわからない。  もう親子の姿は既に消えてきた。  ふっと脳裏に恋人の姿がよぎる。  この事実を言ってみたらどんな顔をするだろう。  いまいちぴんとこない顔つきでこちらを見てきそうな気はするが それでも聞いてみたい気がした。